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日々の学校生活

ぼくのフォルケホイスコーレではカヤックにも乗れます

ぼくのフォルケホイスコーレではカヤックにも乗れます
ぼくのフォルケホイスコーレではカヤックにも乗れます

 

カヤックに乗りました。

 

 

こんばんは。

 

 

今日は午前中デンマーク語の授業をうけて、午後は学校の近くの海でカヤックしたり泳いだりしました。

 

 

人生初カヤックでした。

 

 

周りのみんなのサポートがあって、なんとか漕げました。

 

 

ありがとう、みんな。

 

 

カヤックをしたあと、僕は海に落ちました。

 

 

正直に、ちゃんと説明すると、自ら海に落としてもらいました。

 

 

そう、ダチョウ倶楽部さんのネタのように、友達に押してもらって、綺麗に海へ。

 

 

ありがとう、綺麗に押してくれた友達。

 

 

これは大きな変化なんです、皆さん。

 

 

僕のことを昔から知っているそこのあなたは、この変化に驚いているはず。

 

 

そうだよね、僕は海に自ら落ちるようなキャラじゃなかったよね?

 

 

でも、落ちたんです、今日。

 

 

なんで落ちたか?

 

 

それは、ただただちょっとだけでも、他の生徒との会話を増やしたかったからに他なりません。

 

 

まあ、海に落ちた分に見合う量ほどの会話は、生まれなかったですけどね。(悲)

 

 

しかも、落ちて海からあがってきたとき、もう誰もこっち見てなかったし。

 

 

ビショビショになりながら一人で海からあがるあの気持ち、一生忘れない。

 

 

寂しっ。

 

 

まあでも、ちょっとは会話生まれたし、いいんです。ホンマにちょっと寂しかったけど。

 

 

前に書いた記事、デンマークでも、エブリデイ、実験。「アルコール作戦」もそうですが、最近はちょっとでも他の国のみんなとの会話を増やしたい!って思って過ごしてます。

 

 

そう思いながら過ごしていると、少しずつですが、喋る回数は増えてきてます。

 

 

喋る回数が増えると、前よりも、使える(覚えた)単語や文章が多くなってきた感があります。(ホント、まだまだなのはわかってるんです)

 

 

不思議なことに、一人で黙々と机に向かって勉強だけしていたときよりも、覚えることができている気がします。

 

 

なんでなんやろ?って思っていたんですが、それは、その単語たちと出会う回数とタイミングが、実は記憶にとって大事なんかなっていう仮説を立ててます。

 

 

喋る回数が増えると、「さっきA君が言ってた言葉、最近よく聞くような気がする」みたいな場面がちょこちょこあります。

 

 

で、その意味を調べたり、友達に教えてもらったりして、確認。

 

 

確認したあとは、その言葉を、ちょっと使ってみる。

 

 

自分で使うと、なんか自分の中に落とし込める。

 

 

また喋ってたら、他の人の口からその単語が聞こえてきて、再認識する。

 

 

その「他の人の口から聞こえてくる」タイミングが、自分の意図していない、ランダムなタイミングで聞こえてくる(出会う)っていうところが、いいような気がします。

 

 

覚えた言葉って、何度も定期的に聞いたり喋ったりしないと、長期記憶にならず、必要ないものとして忘れるような脳になってるって聞いたことがあります。

 

 

そして頻繁に聞く言葉はたぶん重要な単語やろうし、ちょっとずつ喋れるようになる、みたいな感じなんかな?

 

 

もくもくと部屋にこもって勉強する時間も必要やけど、少しずつ、会話の重要性を感じている僕です。

 

 

もう海に落ちるのは考えものですが、会話のきっかけ作りは、僕なりのペースで、やり方で、頑張って作っていこうと思います。

 

 

そろそろ眠たくなってきたので、このあたりで失礼します。

 

 

今日もありがとうございます〜。

 

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